2012/11/19

Deadly accident on the mt.Fuji


20121118 sun 「冬富士の滑落死亡事故」

富士スカイラインが冬期閉鎖された。それは冬富士の始まりを意味する。僕達も太郎坊から登る御殿場ルートで剣ケ峰を目指す筈だった。それは新六合目小屋を過ぎ夏道からブル道へトラバースし、七合目を目指している時に起こった。

僕達6名のパーティーはブル道を挟んで右側に2名。左側に4名登っていた。右側の2名は先行する僕とナベちゃん。急登を登っていると、まるで地響きのような風の唸り声が聞こえた。雪煙が遥か前方で舞い上がり砂がパラパラ飛んで来た。僕は隣にいるナベちゃんに「来るぞ!耐風姿勢をとって!」と声を掛けた。

その直後、冬富士名物の爆風が唸りを上げて人間を押し倒そうと飛んでくる。足を踏ん張りピッケルを風上雪面に刺しひたすら耐える。凄いスピードで飛んでくる小石がヘルメットにガンガン当たる。アウターシェルの上から肩や膝にもバチバチ当たる。痛いが耐えるしかない。

隣りを見るとナベちゃんが人生初の耐風姿勢に身体を低くしようとし、膝を雪面に着いている。そうするとアイゼンの前歯しか刺さっていないことになる。僕は大声で「膝を着くな!アイゼンの歯を全て効かせろ!」と怒鳴った。こんなところで仲間を落とすわけにはいかない。それに上からは何が飛んで来るか解らない。耐風姿勢のまま下を向いていてはいけない。前を見なければ上を見なければと思うのだがゴーグルではなくサングラスだったので眼球を傷つけるのが怖かった。サングラスの隙間から砂が幾らでも飛んで来る。

身体が浮きそうになる爆風が過ぎ去るまでとても長く感じた。だが実際には1分くらいの時間だったのだろう。風が弱まったと思った瞬間、僕の左目の視界の端に黒い陰が飛んだ。尋常ではない速度でブル道を黒い何かが落ちて行った。と同時に僕の約20m後方(ブル道左側)で、kkの耐風姿勢をフォローしながら自身も暴風に耐えていたdaiちゃんが肺活量全てを使い切るような大声で「落ちたーー!!」と怒鳴った。その声で僕は全てを悟った。


 風の危険は去ったと判断し左側のブル道に視線を落とした瞬間に戦慄が走った。体中から力が抜けてゆく様な感覚に襲われた。純白の雪面に遥か上から確認出来ない下まで血痕の帯が一直線に続いていた。僕の左側わずか数メートルのブル道の真中にだ。標高が数百メートル上で飛ばされて数百メートル下まで落ちたのだろう。結果を想像することは容易かった。

暴風にまた襲われるかもしれない不安の中で敏速に行動した。ポケットからすぐにスマホを取り出せたナベちゃんが御殿場警察に連絡する。僕とdaiちゃんが大声で場所や状況をナベちゃんに指示する。警察に電話をしている最中に上から男性が一人降りて来た。○○さーん!と名前を叫びながら下山してきた。もっと下まで落ちたことを伝えた。男性の身なりや急傾斜での歩き方を見ればベテランであることは想像出来た。 御殿場警察の電話番号を伝えその男性から警察へ電話をしてもらった。

僕たち6名のパーティーは誰一人笑顔を作れる者はいなかった。kkとchinタローは太い木の杭にしがみついている。僕の側へ辿り着いたナベちゃんは膝が震えているという。滑落事故の事実を目の当りにして動揺の色が広がっている。僕たちはブル道の真ん中を直登していた時間帯もあった。もしその時、暴風に襲われ耐風姿勢中に上を見ていなかったら巻き込まれていただろう。仮に上を見ていたしても耐風姿勢で暴風に耐えている人間が尋常では無いスピードで滑落してくる人間を簡単に避けられるとも思えない。上の写真が滑落事故に遭遇した現場だ。午前9時5分。標高2800m付近のブル道。僕たちがどうしてブル道の左右に別れて登っていたのかも記憶が無い。僕は年長者として努めて冷静を装っていたが内心は怖かった。滑落事故に遭遇してしまった恐怖は簡単には消えなかった。

男性は警察との電話が終わり僕たちに何度も挨拶をして降りて行った。daiちゃんと僕がほとんど同時に低い声で「下山!」と唸った。daiちゃんはkkをアンザイレンした。冬山初心者のナベちゃんは恐怖から腰が引けている。後傾姿勢を何度もを注意されながら僕を先頭にゆっくりと下山を開始した。ガスが出て来たブル道に数名のパーティーを確認出来た。その横に先ほどの男性と滑落した登山者が横たわっていた。下から登って来た5名のパーティーが第一発見者になるのだろう。

yasupisoと僕の二人が男性に近づいて行った。daiちゃんはkkのフォローをしている。chinタローもナベちゃんも近づかない。yasupisoと僕は立ち尽くす男性に声をかけた。「脈は診ましたか?」酷なようだが仲間の努めだろう。男性は促されるように座り滑落者の手首に指をあてた。少しして男性は立ち上がり「無いです。冷たいです。」と返答してくれた。辛いだろうが可能性は検証しなければいけない。高度計では標高3100m付近で滑落したようだ。僕たちが居たのが標高2800m付近。停止したのが標高2600m付近。標高にして約500mも落ちて来たことになる。岩が点在する急傾斜の堅い雪面をもの凄い速度で滑ってきたのだ。奇跡は起こり得ないのだろう。

僕たちに手伝えることはもう無かった。あとは県警が到着するのを待ち滑落者の搬送を手伝うことだろうが、僕たちのパーティーには女性も冬山初心者も含まれている。心苦しいが下山という選択肢をチョイスした。だが事故に遭遇するまでは楽しい入山だった。気持ちが落ち着けば楽しい部分の冬富士のブログを書こうと思う。

最後になりましたが滑落事故で亡くなられた方へ心よりご冥福を祈ります。

10 件のコメント:

  1. 最初に滑落された方へ心からご冥福をお祈りしたいと思います。

    パーティーの6人メンバーも厳しい状況を目の当りにして且つ動揺もしたでしょう。
    かっちゃんのパーティーが皆無事で下山出来た事に本当にお疲れ様でした。

    冬富士で、冬型の北西風がきつい時の御殿場ルートは傾斜自体は比較的緩い方だけど、強烈な突風に注意しないといけないし低気圧が来た時の南西風になると風速14mを越えた時点で測候所の職員は出発を見合わすという位、風は危険。

    悲しい出来事があった日でしたが本当に皆が無事で良かったです。


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  2. >katsu-san
    こんにちは。
    s sofと申します。
    hansusyaさんのブログよりのジャンプで
    よく拝見させて頂いております。

    この度はkatsuさんのご体験を、文章を読むというカタチではございますが
    シェアさせて頂き、誠にありがとうございます。

    山の良い所、危険な所を率直に記して頂きましたこと感謝いたします。
    お亡くなりになられた方のご冥福を切にお祈りいたします。

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  3. bp-やっちゃん

    ありがとうございます。
    山岳における風の怖さはある程度わかっっていたつもりです。
    しかし経験値として、ある程度は所詮ある程度なのですよ。
    耐風姿勢の経験があろうとも冬富士は別格です。
    他に類を見ない特異な気象条件が突発的におこる場所なのです。
    もっともっと勉強(現場での経験値)せねばと肝に銘じております。

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  4. s sofさん

    コメントありがとうございます。
    daiちゃんとこに来られていたのは存じておりました。
    独立峰の氷化しかけているカリカリの雪面や突発的な暴風。
    冬富士は異次元の世界だと認識しての入山でも簡単に跳ね返されます。
    登頂も事故も偶然は無いと思っています。
    自身の力量を上げるのみです。そしてパーティーのスキルの底上げも必須です。
    前に進むためにするべき事が沢山見つかりました。
    こちらもリンクしますね。
    近い将来に山より宴しましょうね。

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  5. はじめまして、こんにちは。
    slow-trekさんから、辿りつきました。
    この記事を拝見した直後に来た、1通のメール…
    知り合いの弟さんが富士山で滑落して亡くなられたとの事…
    偶然とは思えずコメントしました。
    亡くなられた方はカラコルムを中心に何度も6~7000m級の山に登っている大ベテランで、今回は来月に行く海外遠征の準備で、若手を連れての山行だったそうです。
    katus♨さんの臨場感溢れる記事を読んで、今回の富士山の厳しさを垣間見たような気がします。
    ありがとうございました。

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  6. かわせみさん

    はじめまして。コメントありがとうございます。
    心が震えました・・・。
    僕の記事と一通のメール。偶然ではないと考えます。

    山やの端くれとして何かを伝えられたらいう想いで記事にしました。
    海外の7000m峰の高所登山は僕の憧れであり目標なのです。
    スキルの高い大ベテランでも冬富士は跳ね返してしまうのですね。
    貴重なお話(亡くなられた方のバックボーン)ありがとうございました。
    かわせみさんと何処かでお会いできれば話の続きを聞かせてください。

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  7.  人間の世界にあるスポーツのルールの中に
    「死」というものがあるのは「登山」だけだと思っています。
     私もこの方の様な時代がありました。
    そしてその「死」がある事を実感出来たのは
    師匠の山での「死」に対峙した時でした。
     かつて私が2ヶ月掛けて
    チベットのカイラース山に辿り着いた旅で
    そこで暮らすチベット人に接した時
    その人達の生き方、考え方は
    永い淘汰の末に今に至った結果である事を知りました。
     今回亡くなった方も感じられていたと思いますが
    自然の中では「事故」や「偶然」はない。全て必然の帰結である。
     私はその旅から日本に生きて帰ることが出来た時
    自然と闘う行為から楽しさだけを切り取る事は不可能であると感じ
    今まで歩んできた登山道を全て捨てることにしました。
    そしてそれは自然が私に与えてくれた結果だと今でも信じています。

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  8. 河童ちゃん

    とても意義のあるコメントありがとうございます。
    あの山頂のテントの中で聞いたカイラースの話。
    昨日の事のように覚えています。
    師匠や仲間が山で亡くなるという事は受け止めがたいことでしょう。
    山に対する自分の考え方や行動も大きなターニングポイントとなるでしょう。
    仰るように全てが偶然ではなく必然であると考えます。
    河童ちゃんには新たな天命が与えられたのかもしれませんね。
    河童ちゃんの今の遊山スタイルには僕もリスペクトしています。
    また山で遊んでください。
    また山で教えてください。

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  9. かっちゃん

     こちらこそ。
    そしてこの日神様が
    かっちゃんに与えてくれたこと。
    この方が命をなげうって与えて下さった
    メッセージを受け止め
    決してその死を無駄にしてはならない。
     私はそう思っています。

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  10. 河童ちゃん

    そうですね。
    その通りだと感じています。
    ただしメッセージの受け止め方も
    感覚や感性によって変化すると考えます。
    だから構えることなく自然体で受け止め、近未来の
    自分の核の何かへと昇華できればと思っています。

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