2012/04/09

That’s why


20120409 mon 信念の意味を知る

静寂をたたえた小さな瞳には揺るぎようのない強靭な信念が宿る。
その風貌は独特な雰囲気を漂わせるが威圧感は微塵も無い。
だが凛とした佇まいは頑にそこに「在る」ことの哲学さえ感じる。

東浦奈良男1925年大阪生まれ。類希な山男の半生を取材した物語。
四半世紀に渡る前人未到にして前代未聞の挑戦。
1984年に印刷会社を定年退職した翌日から始まった毎日登山。

27年間に渡り一万日連続登山を目指す人生。千日回峰行10回分という途方もない信念。
雨の日も風の日も。ひき逃げされても救急車に乗る事すら拒否し山に向かう強靭な意思。
真似の出来ない個性的かつ非凡な才能の源は驚異的な登山スタイルでの実践。


奈良男さんの日誌には独特の言い回しが多く、独自の単語まで出てくる。
大正生まれの人らしい書き方も多分にあるのだろうが読み辛い文章なのは事実。
それを著者の吉田智彦氏が丁寧に補足説明しているのが二人の良き関係性を表している。

毎日登山に必要な諸経費や大好きな読書(書籍購入)のため奈良男さんは倹約家である。
よって創意工夫を凝らしながら登山用具の多くは廃品活用など自作が多い。
今で言うところのガレージメーカー的発想で道具を考案している。

四半世紀も前からULMYOGを実践していたのだ。文中最初に印象的なシーンがある。
著者が同行取材中に雨が降り出し奈良男さんがビニールシートらしきものを被る。
著者がそれは何ですかと質問すると、奈良男さんはただ一言「傘です」と答える。
ビニールシートを確認するとそれは骨を外した八角形の生地だった。

オペル冒険大賞も受賞している奈良男さんだが可愛らしい一面も垣間みれる。
連続登山が5000日6000日と節目の時には自分から新聞社に報告の手紙を出している。
日記に綴った新聞社から取材連絡のない僅か数日間の一日千秋の想いが滑稽ですらある。

晩年、妻のかづさんが入院し介護施設に移されても毎日登山は続ける。
山を止め己で妻の介護をするべきなのか。奈良男さんの葛藤は日々続く。
ひりひりするような心模様が奈良男さんの日誌から手にとるように分かる。

奈良男さんの一万日毎日登山の記録は極度の憔悴から9738日で途絶える。
高所登山でもなければ何千キロのロングスルーハイクでもない低山での記録。
だがそれは現代登山史におけるエポックメイキングな記録でもあると確信する。

奈良男さんが亡き妻かづさんへの想いを語った最後の言葉には流石に熱い物が込み上げた。
もし一万日毎日登山が完遂できたとしたら、その予定日は2012年3月12日だった。
この「信念」の初版発行日も2012年3月12日だ。 山と渓谷社さん・・・粋じゃないか。

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